歴史

歴史家エドガー・ルッセについて

バレンの歴史は、老人たちからベッドの中の幼子や酒場で暖炉を囲む若者たちに、おとぎ話やうわさ話として語り継がれてきたものである。その多くが作り話だと思われていたが、どうやら真実に触れているものもあるようだ。各地に伝わる物語は、エドガー・ルッセのような旅の歴史家たちによって少しずつまとめられつつある。物語のある所にルッセの姿あり。彼は語り部のうわさを聞くとどこへでも足を運び、一言も聞き漏らさぬよう熱心に耳を傾けては書き留めているという。彼らが集めた物語は今、世界の真実を解き明かすべく正史とされている古い記録と比較、精査されている。

過去を紐解き、未来への礎とせよ。――エドガー・ルッセ


イカルス号の伝承

 ガブリエルの航行記録は大部分が大部分が詳らかではない。だがここ数年のバレン巡歴によって、イカルス号とガブリエルの様相を伝え残す確かな記録を見つけることができた。ガブリエルが古い船に驚くべき性能の航空装置をつみこんで飛行船に仕立て上げ、パリタスを発つとナルムに降り立ったというのはほぼ全ての記録に共通するところである。さらにその全ての記録が、彼は西に向かう危険な旅の途中で巨大な遺跡に立ち寄った後、南に進路をとり、蛮族あるいは略奪者に遭遇して命を落としたと続けている。

 だが私はウルハリ、ヴィルナ、ラマドに残された記録を読み、ガブリエルは一人旅ではなかったと確信するに至った。事実、彼は各地で仲間連れであるところを目撃されているのである。何しろガブリエルとイカルス号は、イカルス号が撃墜されるまでの一年あるいは長期にわたって、人々の希望であったのだ。

 彼のその後の航行記録となるとますます不確かである。ナルムと西部地方の間で、ガブリエル(とその仲間たち)は交易をし、乗客を運び、船員を募り、街の防衛戦に加わり、海賊団の根城を襲撃したという記録さえ残されている。信憑性はともかくとして、彼とイカルス号がバレン各地の孤立集落を結ぶかけがえのない移送手段であったことは間違いない。私たちが今こうして生きていられるのは、ガブリエルの独創性と彼が後世に与えた多大な影響のおかげといえよう。

 だがしかし、ガブリエルに関する記述の多くは、彼が二十年もの歳月をかけて瓦礫の山から廃棄物同然の資材をかき集め、研究と開発を重ねて前時代の航空装置の復元に成功した機械工学の天才であると述べるだけにとどまる。現在にいたるまで、イカルス号と比較しうる規模の飛行船が浮揚したという記録はない。それゆえに、これはあくまでも私個人の見解だが、ガブリエルはバレンのどこかで発掘した前時代の航空装置や銃器類を使っていたのではないだろうか。彼が発見した物を後世の人々に残そうとしていたかについては疑問が残る。

 ガブリエルの最期についてはさらに諸説紛紛とするところである。海賊団を襲撃するという彼の作戦には虐殺以外の目的が見受けられそうにない。ある詩人は、彼は愛する人々の自由を守るために命をなげうって戦ったのだとその死を劇的に歌いあげたが、彼の蛮勇によってイカルス号は撃墜され、その後約三十年にわたってバレンの交易が停滞したという指摘こそ、的を射たものではないだろうか。彼の最後の航行が自らの手で未来を切り開こうとする人々を終結させる呼び声になったという見解も、一顧に値するものであろう。

「イカルス号とガブリエルの伝承」 歴史家エドガー・ルッセ


焦土

 私は路上の説法者の類には関わらないようにしている。あれらは得てして貧困や病に絶望して気が触れた者か、あるいは聴衆から金をだまし取ろうとしている詐欺師だからだ。だがある日、バジャドの中心区にある寺院を出た私は、熱弁を振るう一人の女性に目を奪われた。彼女の明朗かつ自信にあふれた語り口は聴衆の心をとらえ、周囲には大きな人だかりができていた。

「皆さん、考えたことはありますか?なぜ私たちが砂漠で暮らさねばならないのか。なぜあのような不毛の荒野を故郷と呼ばねばならないのか。私たちの肺を汚染し、作物を枯らせるダストがどこからきたのか。

それらは全て、私たち人類の欲望が招いたことなのです!数百年前に興った最初の世界大戦で、人類は力への飽くなき欲求に目覚めました。アンバラよりはるかに広大で美しかったいくつもの都市が、無実の市民とともに、鉄のハゲワシによって焼き尽くされました。私たちは死の大地から生まれた子、破壊の種をまく争いの申し子なのです!地に汚れた人類は、荒野に住むよう呪われて当然といえましょう。

飛行船で飛び立った私たちは、祖先と同じ過ちを繰り返すよう運命づけられています。やがて飛行船は竜となり、大地に火を放つでしょう。私たちの体は黒い燃え殻となり、人類の欲深さを永遠に伝え残すのです。逃れる術はありません。バレンはいつか再び、業火に包まれるでしょう。

エドガー・ルッセによる記録


王の時代

11月16日、アンバラにて

アンバラは交易と芸術で知られる美しい都である。滞在中、私は「初王」と題された芝居を見る機会に恵まれた。これは私の好きな戴冠式の一幕である。

女が王冠を掲げ、両膝をついて立っている。劇中で使われていたのは銅製の簡素なものであったが、私には黄金に宝石を施した本物の王冠のように感ぜられた。女の前に立っていた男が、立ち上がるよう静かに声をかけた。女は立ち上がり、男の濃い茶色の巻き毛に覆われた頭の上に王冠を載せた。王となった男は女の肩に大きな手を載せ、その目を覗き込んだ。

しばらくそうした後、男は何百人もの民衆に目をやると沈みゆく緋色の太陽に向かって手を挙げた。男の背後では、緑の濃い丘の裾がはるか彼方の地平線に溶け込んでいる。民衆は新たな王の誕生に沸き立ち、王が壇上から去るまで、彼を称えて歌い続けた。

舞台が暗くなり聴衆が立ち上がると、王が舞台に戻り、玉座に座っていた。国を憂慮する彼の表情は険しく、愁眉を寄せている。彼はふと観客に気づき、そちらに向き直ると、威厳をただすかのように肩をいからせた。

エドガー・ルッセによる記録


おとぎ話の巨人たち

9月23日、ダスト吹き荒れるペリンにて


ペリンである民家に滞在させてもらった時のことである。老婆が寒さから守るように孫を抱き寄せ、昔話を始めようとしていた。幼い男の子は怖い話を聞かせてとせがみ、老婆は語りだした―。

「昔々、このあたりには獣が住んでいたんだ。坊やが見たことものないような大きな化け物でね、奴らの歯ときたら坊やの頭よりずっと大きかった。退治しようなんて者なんていなかった。でもとうとうある日、勇敢な一人の男と女が化け物を討ち負かしたんだ。私たち人間は小さいけれど、頭が良かったんだ。

戦士らは石を鋭く削り上げたものを木の柄に縛りつけて槍を作った。焚火の跡から灰を集めて水で溶きいて体中に塗りたくって、肌を黒くした。そうして大きな松林の茂みに隠れて、葉の間から差し込んでくる月の光だけを頼りに暗くて危険な道を静かに進んだ。

心臓はどくどくと大きく脈打ち、流れ落ちてきた汗が眉の上に溜まっていた。槍を固く握り直し、鋭く一声叫ぶと、化け物どもの前に躍り出た。槍を掲げて走り出し、力いっぱい振るうと、獣の分厚い背中に深々と突き刺さした。

私は化け物どもの死体を見たことがあるんだ。そりゃ醜いものだったよ。胃袋の中に立ってみると、大昔の巨人に食べられてしまって骨でできた檻に閉じ込められたみたいだった。化け物はとっくの昔に滅びてしまったけれど、今は空を新しい巨人がうろついている。人間が他の人間たちから盗んだり奪ったりするために造りだした機械仕掛けの巨人たちさ。あいつらは火を吐き、胃袋からは子供たちを連れ去る悪い戦士たちがわんさか出てくるんだ。

坊やは賢くおなり。生きていくためには、いっぱい考えて、誰よりも賢くならなきゃいけないんだよ。

暗闇にはいつだって、坊やよりずっと大きくて、危ないものが潜んでいるんだからね。気を付けるんだよ。
おや、ダストが強くなってきた。

おやすみ、坊や。」



エドガー・ルッセによる記録


回り始めた歯車

 激しい風雪がキアンを海賊の目から覆い隠している。だがその自然の防壁こそが、バレンで最高峰の治世を持つ者たちをこの地に呼び寄せたのだ。

 現在キアンに暮らしているのは、数世紀前の技術で造られた遺物の回収と復元を行っている科学者たちである。研究施設が数棟並ぶ発掘現場ほどの規模だが、彼らの技術、知識は非常に高度である。研究者の一人、ヨリックが人類の技術史について見解を聞かせてくれた。

「数百年前、私たちのような科学者の一団が世界を掌握しようと、常識や先入観にとらわれずにそれまで不可能とされてきたことを可能にする実験に取り掛かりました。火の力で有害物質と液体を混ぜ合わせ、極めて正確な計算をする機械を造りました。さらには自然史を書き換えようとしたのでしょか、彼らの探査範囲は大気圏にまで及び、あろうことか天国の背音剤を実証しようとしました。多くの者が、それらの実験は心を失った科学者たちによる不徳であると非難したそうです。

 実験を通して彼らは火や雷、金属、ガスが秘めた膨大な力を制御する技術の実用化に成功しました。彼らのおかげで人類の技術水準が飛躍的に向上したのは紛れもない事実です。ですが今ではその技術のほとんどが失われ、解読できない言語で書かれた記録がわずかに残されているにすぎません。

 科学技術の発達が地球を破滅に導いたのだという者がいますが、私は本当に罪深いのは技術ではなく、それを扱う人間の性(さが)だと思います。科学技術なくして世界の発展はありえたでしょうか。事実、蒸気エンジンを開発したことでバレンでは交易が可能になり、清浄な水が行き渡るようになりました。私たちはもっと科学技術を畏れ、敬うべきなのです。

 ここで発掘されたいくつかの遺物は、解体することも複製することも、今の私たちには不可能です。かつての人類は、私たちよりはるかに高度な金属加工の技術と知識を持っていました。確かにその多くは残されていません。ですが、私たちは前時代の複雑なエンジンの基本的な原理を解明し、簡単なものなら造れるようになりました。世界初のエンジンもきっとこのような構造だったはずです。」


エドガー・ルッセによる記録


ダスト抄録

A.B.264年 4月28日、チャンニムにて

 チャンニム。それは大砂丘地帯(デューンズ)と果てしない塩砂(エンドレス・サルツ)をこえたはるかな西方に興隆した共和国の堅牢なる首都にして永遠の静寂に包まれた学問の都である。長い旅路の果てに、ようやくこの憧憬の地に降り立つことができた。バレンの住民がいまだにダストまみれの作物を掘り出し、前時代の廃墟をねぐらとしている一方で、西部山脈の人々は石で都市の基礎を築き上げ、新たな歴史を刻み始めようとしていた。私は人類史の解明にいたる貴重な歴史書を発見するという期待を胸に、はるばる荒野を越えてここまでやってきたのだ。

 幾度も訪問の目的を説明し、永遠とも思われるほどの長い時を待ち続け、ようやく私の嘆願は聞き届けられた。学者宮にある古書室への出入りが認められたのである。そこで私は、チェン・ミンなる研究者がA.B.125年、チャンニム建立から時をおかずしてまとめあげた偉大なる歴史抄録「世界の終焉と再生の年代記」の閲覧が叶った。全五冊からなる疎の年代記には、世界大戦が開戦したA.B.0年という激動の時代からチェン・ミンが「ダストの時代」と名付けた彼の時代に至るまで、あらゆる出来事が年代順に記されている。年代記は、

第一巻 預言者サミンの最後の日々(A.A.B.10年からA.B.0年)
第二巻 0年代の出来事(A.B.0年)
第三巻 戦争の時代(A.B.0年から50年)
第四巻 赤死病の時代(A.B.50年から100年)
第五巻 ダストの時代(A.B.100年以降)

註)年代については原文のまま

という構成である。中には数世代にわたって学者たちが書き加えた膨大な量の注釈と長い解説が付されているが、論拠となるようなものは何も残されておらず、またチェン・ミンの時代以降について書かれたものはない。

 もし、私が第六巻の編纂という栄誉に浴すことができるのなら、私はそれを「飛行船時代」と題するだろう。A.B.212年にガブリエルがイカルス号で飛び立った年から、まさに私たちが活きている現代について記そう。

 人類は今、戦争が生み出したダストを乗り越え、新たな未来を切り開こうとしている。どのような未来が待ち受けているのかはまだわからない。私が果たすべき役割は歴史を紐解くことであって、未来を語ることではない。私は時間の許す限り、それに膨大な書物から学ぶことが残っている限り、この地にとどまるつもりだ。


歴史家エドガー・ルッセ