世界

Guns of Icarusの世界

大戦で世界が崩壊して三百年の時が流れた。三百年前、人類は母なる地球が育んできた今後数千年分もの資源を食い尽くしたのだ。

灼熱の太陽は人類に逃れようのない事実を突きつける――お前たちはもはや地上の王ではないのだと。

生き残った者たちは今、戦争で荒廃した前時代の廃墟で暮らしている。だがやがて瓦礫の中から掘り出した古い鋼鉄を精錬し、新たな未来への礎とするだろう。飛行船時代の到来は多くの若者を奮い立たせた。勇気ある者は飛行船乗りとなって家族や町を救うために資源を求めて飛び立ち、独創性あふれる者たちは職人となり、古いスクラップメタルから精巧な機械部品を作り出した。絶望の淵から立ち上がった人類は、欲しいものを己の手で勝ち取るようになったのだ。

かつて全てを失ったが、命の儚さを知った人々の心に、創造への新たな情熱の灯がともった。

人類はもはや生存者ではない。進むべき道を見つけ、操縦士、船長、職人、冒険家、戦士、海賊、商人、技術者、農業家、学者となった。彼らこそ新たな時代――再生の時代の到来を告げる者である。


バレン

 中央に冠山脈(クラウンマウンテン)がそびえる荒野と西の大砂丘地帯(デューンズ)、東の草原をひっくるめた広域をバレンという。乾ききった岩と砂ばかりの殺風景な土地から、パリタスの伝説的な飛行士ガブリエルが現れたのは特筆に値するといえよう。

 バレンは飛行船時代への参入こそ遅れたが、一部の地域ではガブリエルの研究成果をもとに数十年かけて開発を重ね、次々と新しい飛行船を作りだしている。だが多くは天然資源も製造施設もなく、自給自足で暮らしている貧しい村である。そこでは生きていくだけで精一杯で、世界から完全に取り残されている。

 かつてバレンの宝石とうたわれた美しいトゥーラの都が海賊の襲撃によって陥落して以来、オアシスを擁する砂漠の町ナルムと要塞都市アンバラがバレンにおける文明社会の双璧となった。


アンバラの都

 アンバラはバレン一の栄華を誇る都である。山を削りだした天然の要塞ゆえに防備は固く、備蓄品も豊富にあり、内部の眺めはまさに壮観である。だが住民は猜疑心の塊で、財産を奪われることを常に警戒している。そのため彼らは余所者に門を開こうとはせず、稀に入門を許された者からもただちに武装を解除するほどの徹底ぶりである。

 ガブリエルが初めて飛行船で訪れた頃と比べても、アンバラは若干規模を大きくし、上空を通る商船に以前ほど警戒しなくなったことをのぞいて、ほとんど変化はない。トゥーラが陥落して以来、アンバラはバレンにおける文明社会の最後の砦となったが、住民に他者と共存する意志はなさそうである。トゥーラの難民が庇護を求めて落ち延びてきた時ですら、門は固く閉ざされたままであった。住民が蓄えた莫大な財貨をねらって、海賊船団や略奪船団がひっきりなしに襲来し、連日包囲戦をくりひろげている。住民は防衛戦に長け、特にアンバラ出身の銃士と銃器職人は、世界最高峰の腕前を持つといわれている。


ファロー工業交易所

 かつてフォールと呼ばれていた町は、住民が病や飢餓、戦争で死に絶え、廃墟となった。ガブリエルが訪れる数十年前のことである。フォールを工業の町として再興したのは、終わりの見えない紛争と食糧難に疲れ果て、シルカを南に逃れた銃器職人の一団である。度重なる騒乱によって、彼らが訪れたときには既に町の名は正確に残されておらず、住むには過酷な自然環境から、不毛の荒野(ファロー)と名付けられた。彼らは廃工場を再建して機械部品や武器を造り、新たに設けた交易所でシルカ側に卸している。

 紛争地帯から遠く離れたファローに戦禍は及ばない。移民たちはわずかな耕地で育てた農作物や製造品と引き換えに手に入れた物資で食料をまかなっている。最近ではファローに優れた職人がいるという噂が飛行船乗りの間で広まりつつあり、修理や改造を求めて訪れる者が増えている。


砂漠の街ナルム

 広大な砂漠の中央に位置し、オアシスを擁する町ナルム。現在の住民は数十年前にオアシスを占拠して旧住民を放逐した、大砂丘地帯(デューンズ)の放浪民の子孫である。彼らは定住民となって久しい今なお西部砂漠の放浪民族とかたい絆で結ばれており、水と引き換えに食料や物資を受け取っている。少数民族である現ナルム人が、戦時には大規模な軍勢を招集できるのは彼らとの古い同盟による。

 ナルムは緑地を求めてやってきた放浪者や難民を受け入れることで規模を拡大してきた。だが急増する人口をオアシスは支えることができず、ナルムは今、二つに割れている。厳重に警護された壁の内側で快適な生活を享受している上層民と、壁の外側に薄汚いテントを張り、汚染された水をわずかに湛えるたった一つの井戸で命をつないでいる下層民である。時折、門が開いては下層民が労働者として壁の中に徴収される。労働の対価として彼らに与えられるのは、一日分の飲料水である。


パリタスの集落

 砂漠の果てに前時代の廃墟がそびえたつ。そのいびつで巨大な影の中、草原との曲がりくねった境界線に沿って畑が並び、粗末な小屋がひしめき合っている。廃墟にはかつての高層建築群が折れ曲がった梁と崩れ落ちたセメントブロックとなって残されている。集落の物は破壊都市の気配を濃厚に漂わせる、複雑に入り組んだその地を迷宮と呼ぶ。過ぎ去りし日の威容がしのばれる大都市の跡地だが、戦前の姿を記憶する者はいない。荒廃の時代の象徴、呪われた地として近づくことを禁じられており、倒壊を待つばかりである。だがただ一人、ガブリエルは老人たちの警告を聞き入れず、たびたび忍び込んでは資材をかき集め、時にはスクラップメタルや古い銃器類を掘り当てた。彼は発掘物を少しずつ組立、とうとう飛行船イカルス号を作り上げた。そしてパリタスを発つと、二度と戻ることはなかった。

 パリタスではガブリエルは、禁忌を犯し、迷宮に踏み込んだがゆえに命を落とした者として語り継がれた。集落の者は老人たちの戒めに従い、誰もガブリエルの痕跡をたどろうとはせず、ただその名が訓戒として残されたのである。

 数十年の時を経て、ガブリエルの勇気と独創性あふれる冒険譚に魅せられた若者が立ち上がった。彼らはガブリエルが発見した物を求めて迷宮へと踏み込んだ。すぐに他の者が続き、銅や鉄、それにガブリエルの偉業を葬り去ろうとした老人たちに遺棄されたイカルス号の設計図すら見つけ出した。もはや彼らを止める術はなかった。好奇心に衝き動かされた者たちが、長らく忘れ去られていた資源を求めて次々と旅立った。そして各地で新たな飛行船を作り始めた。新時代の飛行船乗りたちは、パリタスを故郷と呼ぶ。


サリンの宿営地

 ウルハリ草原の遊牧民が滞在するサリンの宿営地は、移動式のテントが数張り並ぶばかりの簡素なものであったが、定住者の受け入れを始めたことで規模を拡大し、草原地帯の中央という立地の良さもあり、交易の一大拠点となりつつある。トゥーラが陥落して以来、東の山脈と南の荒野を行き来する飛行船が草原の上空を通るようになり、サリンが中継点としての価値を高めたこともその要因である。現在、サリンで暮らしている者の半数以上は、トゥーラから落ち延びてきた難民の子孫である。周辺集落からの移民も多く、本来の住民である遊牧民はわずか数人ほどに過ぎない。かつて宿営地の名はサァンといったが、喉の奥をふるわせる遊牧民独特の発声が移民には耳慣れないものであったため、いつしかサリンと呼ばれるようになった。


研究者の町キアン

 前時代に、雪深い北部に置かれた前哨基地キアン。世界大戦後には訪れる者もなく、海賊の隠れ家となった。だが略奪の標的となる集落から遠く離れており、寒さを嫌った海賊たちは使えそうな兵器類を全て飛行船に積み込むと、雪と氷に閉ざされたその地を去った。

 長い年月を経て、キアンはトゥーラ陥落を落ち延びた難民たちによって再び発見されることになる。彼らは先進的な知識と技術をもっていたが、海賊団の執拗な襲撃によって故郷を奪われ、安住の地を求めて世界を放浪していた。キアンの噂を聞いた彼らは、一族の未来はかの地にありと決意し、バレンを横断する旅に出た。道中、多くの者が命を落としたが、約束の地を目指す彼らの意志はかたく、長く険しい旅路の果てにようやくキアンにたどりついたのであった。基地からは既に兵器類が持ち去られた後であったが、海賊にはその価値がわからなかったのであろう、前時代の高度な技術による多くの遺物が残されていた。キアンの新たな住民は真摯な学究の徒として失われた技術遺産を受け継いだ。こうして凍りついた基地は、ひそかに最先端の科学研究が行われる学問の城として生まれ変わったのである。


フィルンフェルド

 世界大戦は地球環境の大変革を引き起こした。空は厚い雲が立ち込めて薄暗くなり、気候が寒冷化したことで極冠の氷が広がり、かつての温暖地域は永久凍土と化した。わずか数百人ほどの生存者を残し、人類が築き上げてきた文明社会も、科学技術も、古い世界は全てやむことのない雪に覆いつくされた。

 フィルンフェルド西部は農作物の育たない氷雪の原野である。雪解け水の入り江(メルティングファース)の海流は氷山を打ち砕くほどに荒々しいが入り江内部に押し寄せてくることはなく、沿岸部の村の住民は、穏やかな入海で魚やアザラシを獲って細々と暮らしている。彼らの小さな帆船ではメルティングファースの荒波や流氷を超えることはできないが、対岸の氷の大陸からは村の食料や備蓄品を狙うアングレア共和国の飛行船団がやってくる。村では近づいてくる略奪船団を発見すると、監視塔に設置した銅鑼を鳴らして近隣の村々に警報を発する。運が彼らに味方すれば、略奪船団の撃退を知らせる銅鑼の音が高らかに鳴り響くだろう。

 東部には凍凛の荒野(チャタリングフィヨルド)が険しい山々の裾に広がるアルトウッドと灌木の森まで切れ目なく広がり、雪に覆われたツンドラ地帯ではたくましいウルヴァーランの牧人たちがトナカイを放し飼いにしている。

凍土のはずれ、フィルンフェルド南部にはキアンの町がある。キアンは前時代の軍事基地であったが世界崩壊後は海賊の隠れ家となり、現在はトゥーラを落ち延びてきた難民たちの子孫がひっそりと住みつき、最先端の科学研究を行っている。目のいい飛行士ならバレンから北に航行する際中に、雪降る闇夜に地上できらめく人口の灯りを見つけられるだろう。